コーチングを受けるということは、「相談する」ということである。
「相談することにお金を払う」というのは、一般感覚で言えば相談相手に対する依存的な行為にも思える。
士業や専門家に対する明確な答えを求めての相談であるならば、依存よりも現実的な課題解決の意味合いが強くはなるだろう。
しかし、コーチングのように相談に対する結果が抽象的であるものは、心の拠り所に対価を支払う「依存型ビジネス」に近いイメージで捉えられる。
そこで、コーチングを受けるということが果たして「相談相手に依存する」という結果を生むのかを考えていきたい。
理解する必要があるのは、コーチングが本来目指すところは
クライアントの主体的な行動を促す
クライアント自身が主役である
ということだ。
そのことを理解していなければ、コーチングは単なる依存型ビジネスと混同されてしまう。
これだけを見ると、コーチングは依存と対極にある「自立させる」ということが本来の目的なのである。
コーチングとは相手を依存させるのではなく、自発性や自立を促すものといえるだろう。
そういう意味では、コーチングを受けることによる依存は本来あり得ないのである。
とはいえ、これだけで結論は出せない。
なぜなら「コーチングを仕事にする人達」からの視点が欠けているからである。
コーチングを仕事にする以上は、できるだけ長く、できるだけ頼られて、できるだけお金に変えたいからである。
それ自体は仕事としては当たり前のことなので、もちろん否定はしない。
ただ、中には「わざと依存させるビジネスモデル」を提供したり、「ビジネス目的が強すぎて、思いがけず依存させるコーチング」を提供してしまうコーチもいるのである。
わざとにしろ、たまたまにしろ、依存してもらう程ビジネスとしては成功なのだから仕方がない。
まとめると、
本来コーチングは自立を促すが、コーチによっては依存を生み出してしまうこともある
ということになる。
本来のコーチングと、ビジネスで提供するコーチングは多少なりともギャップがある。
どちらが正しいという訳ではない。
ただ、コーチングのあるべき姿とコーチングを仕事にするということにはジレンマが存在しているということを理解する必要はあるだろう。