コーチング考察ブログ

客観的な視点から、コーチングに関する研究・考察を行ないます。

詰まるところ文化である

 

コーチングには様々な側面がある。

 

ビジネスとしてのコーチング

コミュニケーションスキルとしてのコーチング

達成や解決ツールとしてのコーチング

思想としてのコーチング

哲学としてのコーチング

心理学としてのコーチング

などなど、コーチングの定義を定めること自体が途方もないことだ。

 

そう考えると、コーチングとは「文化」と言えるかもしれない。

 

文化の意味を辞書で調べると

 

 人間の生活様式の全体。人類がみずからの手で築き上げてきた有形・無形の成果の総体。それぞれの民族・地域・社会に固有の文化があり、学習によって伝習されるとともに、相互の交流によって発展してきた。カルチュア。

 

 1のうち、特に、哲学・芸術・科学・宗教などの精神的活動、およびその所産。物質的所産は文明とよび、文化と区別される

 

とのことである。

 

つまり、音楽や絵画や文学のような無形文化といえるのではないか。

というのが私の考えだ。

 

 最も私たちの身近にある音楽に例えて考えてみたい。

 

ひとことで音楽といっても様々である。

音楽文化の中には無数の「ジャンル・考え方・定義・職業・楽しみ方」が存在する。

 

音楽という文化を一言でまとめたり、「これが音楽である」と定義付けることは難しいだろう。

 

芸術も絵画も文学も哲学も化学も…

様々な側面や捉え方があり、それらをどう定義付けるかなど不可能である。

 

答えのない問いを様々な人が扱い、語り、楽しみ、研究し…

文化となって私たちの生活に根付いているのだ。

 

コーチングも文化だと捉えると、「コーチングとは何か?」という問いに対する答えも見えてくる。

 

仕事にする人

趣味として楽しむ人

研究する人

学ぶ人

スキルと捉える人

思想と捉える人

などなど、文化として色々な扱われ方があっていい訳である。

 

「それはコーチングではない」とか「コーチングはこれだ」というのは、「それは音楽ではない」とか「音楽とはこれだ」と言っているのと同じなのである。

 

音楽などの文化に人それぞれの楽しみ方があっていいように、コーチングもまた同じである。

 

そうやって様々な人が、様々な使い方をして文化は発展していく。

 

ただ、コーチングという言葉の歴史は浅いからこそ、まだまだ根付いていないというだけだ。

 

広義のコーチングが文化として発展し、人々の生活に根付いていく。

そして、それぞれが考える狭義のコーチングを自由に扱っていく。

 

そんな未来を想像すると、コーチングは文化だと言えるし、そうなり得るだろう。