コーチング考察ブログ

客観的な視点から、コーチングに関する研究・考察を行ないます。

コーチングはなぜ怪しいか

 

コーチングを仕事にしていると、「怪しい」や「胡散臭い」という目で見られることが多々ある。

 

その理由を考察する。

 

考えられる理由として

・コーチングの定義が曖昧

・コーチングの知名度が低い

・「コーチ」という言葉の意味違い

・形が無く目に見えないサービス

・自称コーチの影響

・プロコーチ達の傷の舐め合い

等が考えられる。

 

一つずつ考察していく。

 

・コーチングの定義が曖昧

コーチングはそもそも明確な定義が確立されておらず曖昧である。

「コーチングを行います」では意味が分からない人の方が圧倒的に多いだろう。

そういう意味では、コーチングを仕事としているというのは「怪しい」「胡散臭い」と思われて当然だろう。

 

・コーチングの知名度が低い

日本にコーチングが入ってきたのは西暦2000年ぐらいだと言われている。

コーチングという概念やスキルはまだまだ知名度が低い。

知らないものを「怪しい」「胡散臭い」と思われるのは当然だろう。

 

・「コーチ」という言葉の意味違い

コーチとは教える人ではなく、相手の中にある答えを「引き出し、明確にする存在」である。

そしてコーチングとは、それを行う為のスキルである。

しかし、日本で「コーチ」といえば、まず第一にスポーツの指導者が挙げられる。

日本で従来の意味として使われてきた「コーチ」とは、教える人である。

プロコーチの行うコーチングと、日本で認知されているコーチングは正反対の意味で使われている。

「コーチングを行います」というと、「人様に教えるなど偉そうに」ということになる。

「教えることを仕事にしています」という意味合いで捉えられる以上、「怪しい」「胡散臭い」と思われて当然だろう。

 

・形が無く目に見えないサービス

コーチングとは対話というコミュニケーションを通して、目標達成や悩みの答えを明確にする。

もちろん、目に見える物を提供する訳でも無く、結果ですらクライアントの満足感で判断するしかない。

例えクライアントが満足してコーチングを受けていたとしても、何か怪しい宗教に入信したとでも思われるだろう。

それでお金を取っているのだから、周りから見れば「怪しい」「胡散臭い」と思われて当然だろう。

 

・自称コーチの影響

コーチングの定義が曖昧である以上、コーチングという名前を掲げてあらゆる商売を行う自称コーチ達で溢れかえっている。

スピリチュアルな教えをコーチングといってお金を取る人。

お金儲けする方法を教えるコーチングといってお金を取る人。

成功する方法を教えるコーチングといってお金を取る人。

ハッキリ言って、それらはコーチングではない。

コーチングとは、成功やお金儲けをエサに信者を囲い込んで教えを説くことではない。

しかし、知らない人からすれば、コーチングとは「怪しい」「胡散臭い」と思われて当然だろう。

 

・プロコーチ達の傷の舐め合い

コーチングを生業として、それ一本で食べていける人はごく一部である。

例え資格を持っていても、プロコーチを名乗っていても、実態はかなり厳しいのだ。

だからプロコーチ達は、身内で馴れ合う。

同じ資格スクールの仲間。

コーチングの先生が作るコミュニティ。

その中に入って、

「コーチングは素晴らしい」

「コーチングって最高」

「コーチングやってる俺たち私たちは輝いている」

「分かる人にだけ分かればいい」

そうやって、お互いを慰め合ってコーチングで食べていけない劣等感を埋め合う。

奮い立たせては「自分は前向きで上手くいっているコーチだ」というのを必死でアピールする。

(かなり個人的な見解だが私にはそう見えるし、私にもそういう時期があった。)

側から見れば、何か取り憑かれたようにコーチングという宗教を信じる信者にしか見えない。

コーチングを知らない人が冷静に見たら、「怪しい」「胡散臭い」と思われるのは当然である。

 

以上、コーチングがなぜ怪しいのか考えてみた。

 

こうして考えていると、他にも理由は浮かんでくる。

 

ただ、結局は「本来のコーチング」と「周りから見たコーチング」のギャップが原因だと考えられる。

 

改めて、冷静に客観的に第三者目線でコーチングについて考えることは重要だと考えさせられた。

 

「本来のコーチング」は科学的に心理学的に物理的に裏付けされたスキルである。

 

正しいコーチングが世に伝わるように。

正しいコーチングを知ってもらえるように。

引き続きコーチングについて考察する次第だ。