コーチングblog

コーチングに関する記事を執筆します。

コーチの背伸び

 

今のコーチング市場は「背伸びの市場」と言っても過言ではない。

 

そもそもコーチングという手法も定義も認知度も未完成である以上、コーチを生業とするには背伸びせざるを得ない現状は当然である。

 

それを踏まえて、コーチの虚像と実態の剥離を考察したい。

 

・実績の背伸び

コーチングの実績は曖昧なものである。

なぜなら「コーチングの成果は分かりづらい」からだ。

〇〇人にコーチングした。

〇〇桁稼いだ。

これらは果たしてどこまでが事実なのだろうか。

例えば、友人からちょっとした相談をされたこともコーチングしたと言えなくもない。

〇〇桁稼いだと言われても、確定申告書や決算書で確認しなければ稼いだ額など分からない。

コーチングは、実績をコントロールしやすい仕事なのだ。

 

・資格の背伸び

コーチングに国家資格は存在せず、すべて民間資格である。

どこかの誰かが作った「コーチングのノウハウ」に受講料を払って教えてもらう。

お金を払って講座を受講すれば、ほとんどの人は認定資格を獲得できる。

つまり、お金と時間をかければコーチングの資格を取るのは難しくない。

その認定資格は「コーチングを勉強しました」という証明に過ぎず、コーチングの実力を定義したものではない。

 

・挫折の背伸び

コーチのプロフィールは「挫折の肩書」で溢れている。

挫折や失敗を乗り越えた経験を書くのは定石である。

〇〇に失敗した。

〇〇を経験した。

〇〇を乗り越えた。

更に、それらをコーチングによって救われる。

そんな、過去の経歴や挫折経験を乗り越えたことは「今悩んでいる人」の心に響く。

大した失敗でなくとも、大きな失敗を乗り越えたようにプロモーションすれば共感者をクライアントにしやすい。

 

 

これらは決して「悪」ではない。

 

ただし、エビデンスを用意できない以上は騙される可能性もあるということだ。

 

コーチの背伸びを前提とした売り方は、一歩間違えると詐欺になりかねない。

 

本物のコーチングとは何か。

本物のコーチとはどんな人か。

それを理解した上で、どんなコーチからコーチングを受けたいのか。

 

それを理解しなければ、背伸びばかりのコーチングビジネスに足元を見られるだろう。

 

コーチングで大事なのは、実際にコーチングを受けた上での相性である。

 

実績、資格、過去の経験など、エビデンスが曖昧なものに惑わされてはいけない。

 

コーチがセミナーを行う理由

 

多くのコーチは、コーチングを教える目的でセミナー業も並行している。

 

本来コーチングとは一対一で行われるイメージであるが、一対多数のセミナーを行うコーチが多いのはなぜか。

 

 

コーチにとってポジティブな理由

 

・高単価である

1人の相手から相談に乗る場合よりも、多数を相手にした方が仕事としての単価は大きくなる。

準備にかかる時間はあるが、ベースの内容が出来ればあとは各目的に合わせて微調整を行うだけなのでセミナー回数に比例して準備にかかる手間は短くなる。

セミナー講師の仕事は一対一のコーチングに比べると単価が高く、おいしい仕事である。

 

・法人に入りやすい

コーチにとって法人契約は喉から手が出るほど欲しい仕事である。

そして、法人にとって「社員研修」「勉強会」「スキルアップ」というのは必須科目である。

そこにコーチングの研修はピッタリである。

セミナー講師として企画を持っていれば、法人に対する仕事も増やしやすい。

 

・宣伝、集客に繋がる

多数を相手にするということは、効率の良い宣伝活動となる。

また、そこから個人コーチングの宣伝にも繋がる。

セミナーを行うことによりブランディングが可能である。

 

・コーチングの認知活動

コーチの中には「コーチングを広めたい」という想いを持っている人が一定数存在する。

ビジネス視点ではなく純粋にコーチングを広めることを目的とすれば、セミナーは最も効率の良い認知活動である。

 

 

以上がコーチがセミナーを行うポジティブな理由であるが、一方でネガティブな理由があるのも事実である。

 

 

ネガティブな理由

 

 

・1対1のコーチングで仕事を取れない

「私に相談してください」と言ったところで、何人が相談に来てくれるだろうか?

しかも有料である。

無形で成果物が分かりにくいコーチングで仕事を取るハードルは高い。

そうなると、1対1のクライアントを探すよりも高単価のセミナーを行う方がはるかに仕事にはなりやすいのである。

 

・パフォーマンス

講師の実績というのは「すごそうに見える」ものである。

また一対一のコーチングを100人に行うより、100人を相手にセミナーを行う方が効率よく実績を作ることができる。

実際セミナー講師として見れば素晴らしいことである。

しかし、セミナーで何人を相手にできたとしても、「一対一のコーチングが上手い」こととは意味合いが違うのである。

実績作りとしてパフォーマンス的にセミナーを行うコーチも少なくない。

 

 

ポジティブな視点とネガティブな視点から「コーチがセミナー業を行う理由」を考えてみた。

 

これらを踏まえると、セミナー業というものは「コーチにとっておいしい理由」しかないのである。

コーチとしては「やらない理由はない」と言ってもいいほどである。

 

しかし、セミナー講師として実績が素晴らしいことと、コーチングの実力があることは全く評価対象が違うことを知っておかなければならない。

 

コーチングはセミナーではない。

セミナーもコーチングではない。

コーチングを行うということと、コーチングを教えるということは違うのである。

 

コーチングと起業家

 

起業をテーマにしたコーチは少なくない。

 

起業コーチングや起業家コーチングなどの肩書で、起業したい人や創業間もない人(以下、起業家とする)に対してコーチングを行う。

 

コーチングと起業家の相性を考えたい。

 

まず、起業家が抱える課題はどのようなものか。

 

・ビジョンの明確化

・経営計画作成

・顧客開拓

・ブランディング

・広告宣伝

・仲間集め

・資金調達

・孤独感

といったところだろう。

 

これらの課題に対して、果たしてコーチングはどう機能するのか。

 

コーチングの目的は

・目的の明確化

・目標設定

・課題の明確化

・行動の明確化

・プロセスの客観視

・メンター機能

などである。

 

 

・ビジョンの創造

コーチングでは「どうなりたいのか」から全てが始まる。

起業家にとってのビジョンとは、事業の目的でありゴールである。

コーチングによって「どうなりたいのか」というビジョンはより明確になるだろう。

 

・経営計画の作成

ビジョンが決まれば、そこに行くための計画が必要である。

計画作りに苦戦する起業家も多い。

コーチングでは質問形式のコミュニケーションで、どのような方法でゴールに向かうのかを徹底的に掘り下げていく。

唯一無二の計画ではなくあらゆる方法があることに気付き、実現可能な計画が作られるだろう。

 

・顧客開拓、ブランディング、広告宣伝

コーチングでは、顧客(ターゲット)を絞る為にペルソナを明確にする。

「いつ、だれに、なにを、どのように、どんな方法で提供したいのか」

そして、その人に届き、買ってもらうためにはどんなブランディングを行い、どんな広告宣伝をすればいいかを掘り下げることができる。

 

・仲間集め

仲間が必要ということは、足りない部分を補う必要があるということである。

コーチングを通して、客観視と自己理解が深まっている起業家にとって「どんな仲間が必要か」は自ずと明確になる。

あとは、顧客開拓と同じでペルソナを明確にして行動するだけである。

 

・資金調達

資金調達については、コーチングではなくコンサルティングの側面が強いだろう。

なぜなら資金調達の方法は「明確な方法が存在しているから」である。

コーチングで引き出すというよりは、専門知識を持っているかどうかに掛かってくる。

 

・孤独感

ほとんどの場合、創業時は1人である。

仮に仲間や社員がいたとしても、精神的な意味では自身で抱えていく人の方が圧倒的に多い。

コーチとは、メンターであり、ビジネスパートナーであり、ブレーンであり、良き相談相手である。

しかも、事業に対しては仲間や社員とは違い第三者であり当事者ではないのだ。

一見デメリットのようにも見えるが、実は経営から一歩離れた客観的な関わりこそ、起業家にとっては最も心強い存在である。

起業家自身がコマを進めながら、その横には常にコーチがいるのである。

 

以上を考えると、起業家にとってコーチングは最高の相性であると言えるのではないか。

 

では、起業家にとってベストなコーチとはどのようなコーチか。

 

コーチングスキルはもちろんであるが、スキルに加えて

・経営に関するコンサルティングもできる(資金調達、事業計画実務など)

・起業家自身の価値観を尊重してくれる

・上下ではなく対等なビジネス関係を築ける

欲を言えばもっとあるだろうが、これらの要素は最低限必要になると思われる。

 

ただし、コーチングと言いながら

「上手くいく方法を教えます」

といった類のサービスを提供する人もいるので注意が必要だ。

 

それ自体が悪いものかはさて置き、本来のコーチングは「方法を教えるのではなく、クライアント自身の考えを明確化する」からである。

 

コーチを雇う上での参考になれば幸いである。

 

コーチングは依存を生むか

 

コーチングを受けるということは、「相談する」ということである。

 

「相談することにお金を払う」というのは、一般感覚で言えば相談相手に対する依存的な行為にも思える。

 

士業や専門家に対する明確な答えを求めての相談であるならば、依存よりも現実的な課題解決の意味合いが強くはなるだろう。

 

しかし、コーチングのように相談に対する結果が抽象的であるものは、心の拠り所に対価を支払う「依存型ビジネス」に近いイメージで捉えられる。

 

そこで、コーチングを受けるということが果たして「相談相手に依存する」という結果を生むのかを考えていきたい。

 

理解する必要があるのは、コーチングが本来目指すところは

クライアントの主体的な行動を促す

クライアント自身が主役である

ということだ。

 

そのことを理解していなければ、コーチングは単なる依存型ビジネスと混同されてしまう。

 

これだけを見ると、コーチングは依存と対極にある「自立させる」ということが本来の目的なのである。

 

コーチングとは相手を依存させるのではなく、自発性や自立を促すものといえるだろう。

 

そういう意味では、コーチングを受けることによる依存は本来あり得ないのである。

 

とはいえ、これだけで結論は出せない。

 

なぜなら「コーチングを仕事にする人達」からの視点が欠けているからである。

 

コーチングを仕事にする以上は、できるだけ長く、できるだけ頼られて、できるだけお金に変えたいからである。

 

それ自体は仕事としては当たり前のことなので、もちろん否定はしない。

 

ただ、中には「わざと依存させるビジネスモデル」を提供したり、「ビジネス目的が強すぎて、思いがけず依存させるコーチング」を提供してしまうコーチもいるのである。

 

わざとにしろ、たまたまにしろ、依存してもらう程ビジネスとしては成功なのだから仕方がない。

 

まとめると、

本来コーチングは自立を促すが、コーチによっては依存を生み出してしまうこともある

ということになる。

 

本来のコーチングと、ビジネスで提供するコーチングは多少なりともギャップがある。

 

どちらが正しいという訳ではない。

 

ただ、コーチングのあるべき姿とコーチングを仕事にするということにはジレンマが存在しているということを理解する必要はあるだろう。

 

「即死 / THE HIGH-LOWS」に見るコーチング

 

先日、ある曲が耳に入った。

 

THE HIGH-LOWSの即死という曲だ。

 

タイトルは激しめだが、その曲の歌詞にコーチングを感じた。

 

『何が正しいか知らない 何が楽しいか知ってる』

という歌詞である。

 

これは「俺たちは正しいことよりも楽しいことをするぜ」的な意味だと思うが、非常にコーチング的である。

 

コーチングで大事にしたいのは、「正しいこと」よりも「楽しいこと」である。

(※「楽しい」というのは、「価値観に沿っている」という意味で捉えていただきたい)

 

私たちは、幼い頃から「正しいことは何か?」というティーチングを受けてきた。

 

多くの人の行動基準は「正しいかどうか」である。

 

それも、上司・親・先生・家族など自分を評価する人にとって正しいかという基準である。

 

つまり、自分が大事にしたい価値観よりも、評価される立場として正しいことを選ぶのだ。

 

その行動基準では、自分自身が主人公を生きることは不可能である。

 

正しいと評価されるには、自分より相手の価値観に従わざるを得ないからだ。

 

コーチングで大事にするのは、「その人の価値観」である。

 

あなたは、何を目指したいのか。

あなたは、どうやってそこへ行きたいのか。

あなたは、どのような行動を起こすのか。

 

すべて「相手の価値観(=楽しい)」を尊重して関わる。

 

「正しい」よりも「楽しい」を大事にする訳である。

 

コーチングでは、それが他人にとって正しいかはとりあえず脇に置いておくのだ。

 

まずは、その人自身の価値観に沿った答えを考える。

 

「その人自身が主人公として生きていく」ことがコーチングの目指すところなのだ。

 

『何が正しいか知らない 何が楽しいか知ってる』

 

このフレーズはコーチングなのである。

 

詰まるところ文化である

 

コーチングには様々な側面がある。

 

ビジネスとしてのコーチング

コミュニケーションスキルとしてのコーチング

達成や解決ツールとしてのコーチング

思想としてのコーチング

哲学としてのコーチング

心理学としてのコーチング

などなど、コーチングの定義を定めること自体が途方もないことだ。

 

そう考えると、コーチングとは「文化」と言えるかもしれない。

 

文化の意味を辞書で調べると

 

 人間の生活様式の全体。人類がみずからの手で築き上げてきた有形・無形の成果の総体。それぞれの民族・地域・社会に固有の文化があり、学習によって伝習されるとともに、相互の交流によって発展してきた。カルチュア。

 

 1のうち、特に、哲学・芸術・科学・宗教などの精神的活動、およびその所産。物質的所産は文明とよび、文化と区別される

 

とのことである。

 

つまり、音楽や絵画や文学のような無形文化といえるのではないか。

というのが私の考えだ。

 

 最も私たちの身近にある音楽に例えて考えてみたい。

 

ひとことで音楽といっても様々である。

音楽文化の中には無数の「ジャンル・考え方・定義・職業・楽しみ方」が存在する。

 

音楽という文化を一言でまとめたり、「これが音楽である」と定義付けることは難しいだろう。

 

芸術も絵画も文学も哲学も化学も…

様々な側面や捉え方があり、それらをどう定義付けるかなど不可能である。

 

答えのない問いを様々な人が扱い、語り、楽しみ、研究し…

文化となって私たちの生活に根付いているのだ。

 

コーチングも文化だと捉えると、「コーチングとは何か?」という問いに対する答えも見えてくる。

 

仕事にする人

趣味として楽しむ人

研究する人

学ぶ人

スキルと捉える人

思想と捉える人

などなど、文化として色々な扱われ方があっていい訳である。

 

「それはコーチングではない」とか「コーチングはこれだ」というのは、「それは音楽ではない」とか「音楽とはこれだ」と言っているのと同じなのである。

 

音楽などの文化に人それぞれの楽しみ方があっていいように、コーチングもまた同じである。

 

そうやって様々な人が、様々な使い方をして文化は発展していく。

 

ただ、コーチングという言葉の歴史は浅いからこそ、まだまだ根付いていないというだけだ。

 

広義のコーチングが文化として発展し、人々の生活に根付いていく。

そして、それぞれが考える狭義のコーチングを自由に扱っていく。

 

そんな未来を想像すると、コーチングは文化だと言えるし、そうなり得るだろう。

 

比喩表現から見るコーチング

 

コーチングは形の無いものであるが故に、様々な例えを用いて伝えられる。

 

コーチングを知らない人は当然であるが、実はコーチングを提供しているプロコーチにとっても「コーチングを説明する難しさ」を感じているのだ。

 

そこで、コーチと呼ばれる人たちが使う比喩表現を参考に、コーチングがどういったものであるのかを考える。

 

 

馬車

コーチングが馬車に例えられることは少なく無い。

コーチングのそもそもの語源が「馬車=コチ」というハンガリー語から来ているからだ。

「馬車のように、目的地まで行く手段」として目標や目的までサポートする人をコーチと表現している。

 

マラソンの伴走者

「コーチとは、目的地まで共に向かう人」という意味で、マラソンの伴走者に例えられる。

長く険しいゴールまでの道のりを、クライアントのペースに合わせて常に寄り添う存在であり手法であることを表現している。

 

車のナビ

「目的地まで道案内をしてくれる人」という意味で、車のナビに例えられる。

また、単に道を示すだけではなく、今いる位置の確認・道を逸れた場合の修正など、コーチングの役割を表現している。

 

鏡は、その人自身をそのまま写し出すものだ。

鏡が「ネクタイが曲がっています」や「顔色が悪いです」など言ってくれる訳ではない。

鏡に写った自分を見て、自分で確認するものだ。

コーチングとは何かをアドバイスしたり、教えたりするものではない。

対話を通して「クライアント自身が気付いていく」ということを鏡として表現している。

 

キャッチボール

双方向のコミュニケーションという意味で、キャッチボールに例えられる。

キャッチボールの対義として、攻防するという意味でドッヂボールがある。

コーチングにおけるコミュニケーションとは、一方的なドッヂボールではない。

お互いが対等にコミュニケーションを取るものだという表現だ。

 

スパーリング

ボクシングや格闘技のスパーリングを行うことで、自分の状態を確かめ、実践での感覚を掴む。

そのスパーリング相手として例えられる。

決して戦う相手という意味ではなく、スパーリングを通して気付きを得ていくという表現だ。

 

以上、私の経験則やコーチングの本や記事をもとに抽出してみた。

上記に限らず、他にも様々な比喩表現によって「コーチングとは何か」を伝えている。

 

様々な表現方法がある以上、これらの表現ひとつを取って「これがコーチングだ」と決めることは出来ない。

 

それぞれの表現方法を参考に、コーチングとは何かをまとめてみた。

 

キーワードは

・目的や目標に向かう

・共に向かうパートナー

・相手の気付きを重視する

ということが挙げられそうだ。

 

コーチ達の比喩表現から読み取れるコーチングとは

『目標や目的に向かうパートナーとして、本人の内側にある気付きを促す存在でありスキル』

であると言えそうだ。